
「あなたの人生は、ちゃんと生きた人生です。
不足はありません。
やり残しもありません。
これからはただ、今日を丁寧に味わうだけ。」
この言葉を目にしたとき、
最初は“きれいな言葉”として受け取りました。
けれど、
しばらく時間を置いて、
何度も心の中で反芻しているうちに、
ふと、深いところで腑に落ちる感覚がありました。
──ああ、そうか。
もう何かを証明しなくていいのだ、と。
よく考えてみると、
私は一人でここまで来たわけではありませんでした。
遺伝子をつないでくれた家系。
命を授けてくれた両親。
祖父母、代々のご先祖様。
住む家を整えてくれた人。
見守ってくれた親戚。
仕事の仲間。
活躍する場を与えてくれた環境。
毎日の食事。
着るもの。
安心して眠れる場所。
心を育ててくれた文化。
そして、
目には見えないけれど、
確かに「生かそう」と働いてきてくれた力。
それらすべてが重なり合って、
今の自分がある。
そう思った瞬間、
「足りないものを埋める人生」から
「すでに与えられていた人生」へと
見え方が変わりました。
何かを成し遂げなければ価値がないのではなく、
ここまで生きてきたこと自体が、
すでに十分だった。
これからは、
焦って前に進むのではなく、
今日という一日を、
丁寧に味わいながら生きていこうと思います。
それが、
これまで支えてくれたすべてへの
いちばん自然な感謝の形だと感じています。