sansevieria333333の日記

神社参拝をきっかけに、感謝・開運・自分で自分をととのえる暮らしを大切にしています。料理、掃除、読書、ドライブ、温泉、カフェ、小旅行など、日々の趣味や気づきを通して、心豊かに生きることを綴るブログです。

龍神さまとのご縁

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八木龍平さんは、箱根九頭龍神社への参拝をきっかけに運が開けたそうです。

私の場合は、

神龍八大龍王神社、

永尾神社、

水島龍神社、

学料龍神社、

本渡諏訪神社の八大龍王さま、

龍田三ノ宮神社の龍神さま、

高千穂の八大龍王水神。

そうした龍神さまとのご縁を、自分の足で歩く中で、少しずつ運が開けてきたように感じています。

ただお願いするだけではなく、

龍神さまを意識して、

水回りを掃除し、

床を整え、

断捨離し、

暮らしの流れを良くする。

見えない龍神さまのイメージを、

日々の小さな実践としてカタチにする。

有名な神社にとらわれるのではなく、

自分にとって必要なご縁を大切に歩く。

その積み重ねが、今の私にとっての開運なのだと思います。

百の知識より、一の実践。

龍神さまに感謝🙏🐉✨

開運は、心が落ち着いていることから🐉

開運というと、

大金が入ること、すごいチャンスが来ること、

特別な何かが起こることを想像しがちです。

 

もちろん、お金は大事です。

生活するにも、家族を守るにも、仕事を続けるにも、

お金は必要です。

 

でも、たとえ大きなお金が入っても、

心が不安や恐れでいっぱいだったり、

毎日イライラしていたり、

眠れなかったり、

人間関係が荒れていたら、

それは本当に「運がいい状態」なのかなと思います。

 

逆に、財布の中に最低限のお金があって、

今日食べるものがあって、

住む場所があって、

心が少し落ち着いている。

 

朝起きて、深呼吸して、

仕事をして、

ご飯を食べて、

人に普通にあいさつできる。

 

そういう状態も、かなり豊かで、

かなり運がいい状態なのではないかと思います。

 

お金を追いかけることが悪いわけではありません。

ただ、心を荒らしてまで、

健康を削ってまで、

自分を見失ってまで、

「もっともっと」と求め続けるのは、

少し優先順位が違うのかもしれません。

 

開運は、派手な奇跡だけではなく、

まず自分の内側が整うこと。

 

部屋を整える。

食事を整える。

睡眠を整える。

言葉を整える。

心を整える。

 

そうすると、少しずつ行動も整い、

ご縁も整い、

流れも整っていく気がします。

 

大きな幸運を追いかける前に、

今日の自分を少し整える。

 

それも、立派な開運だと思います🐲

「777回目の投稿。特別な場所ではなく、身近な神社だからこそ。」

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Instagramの777回目の投稿は、熊本市の是法神社となりました。

777という数字だけを見ると、有名な神社や遠方のパワースポットへ行きたくなる方もいるかもしれません。

でも、私が選んだのは、日常の中に静かに佇む地域の神社でした。

最近、私が大切にしているのは「遠くの特別」よりも「近くの日常」。

毎日の掃除。 毎日の食事。 毎日の感謝。 そして、身近な神社へ参拝すること。

幸せや開運は、遠くに探しに行くものではなく、今いる場所や毎日の暮らしの中で育てていくものなのだと思います。

参拝の帰りには、ドライフルーツの桃といちご、お寿司を買って帰宅しました。

美味しいものをいただき、今日一日に感謝する。

そんな穏やかな一日こそ、私にとってはとても豊かな時間です。

777回目の投稿も、私らしい一日になりました。

感謝。

「音楽と祈りで心を整えた、穏やかな休日」

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今日は県立劇場で、吹奏楽団のコンクール演奏を聴いてきました。

演奏は一人ひとりが目立つというより、楽団全体が一つになった、まとまりのある素晴らしい演奏でした。音楽は技術だけではなく、お互いを思いやる心や積み重ねた練習が伝わってくるものだと改めて感じました。

その後は近くのローソンで、ドライフルーツの桃といちごを購入し、是法神社へ参拝。

御朱印をいただき、境内をゆっくり歩いていると、手水舎では龍の口から清らかな水が流れていました。龍は「流れ」や「恵み」の象徴とも言われます。水の音を聞きながら心を静かに整える時間は、とても心地よいものでした。

大きな御神木や放牛地蔵尊にも手を合わせ、日々無事に過ごせていることへの感謝をお伝えしました。

最後はカフェ雁木坂さんでアイスティーをいただき、暑さの中にもほっと一息。

音楽に心を動かされ、神社で心を整え、ゆっくりと休憩する。

派手な一日ではありませんが、このような一つひとつの積み重ねが、毎日の暮らしを豊かにしてくれるのだと思います。

「身近な場所にも、心を整える神様はおられる。」

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今日は熊本市中央区の是法神社近くに鎮座する「是法荒神社」へ参拝させていただきました。

大きな神社だけでなく、地域の人々が長年大切に守り続けてきた小さなお社にも、静かで温かな空気が流れています。

社殿の前に立ち、手を合わせると、忙しかった心が少しずつ落ち着き、自然と感謝の気持ちが湧いてきました。

最近の私のテーマは「整えること」。

掃除をすること。 食事を整えること。 身の回りを片付けること。 そして、感謝の気持ちで神社へ参拝すること。

どれも特別なことではありませんが、小さな積み重ねが毎日の心を穏やかにし、自分自身の行動や考え方を整えてくれるように感じています。

開運とは、特別な奇跡を待つことではなく、自分の心と暮らしを少しずつ整え続けることなのかもしれません。

今日も感謝の気持ちで参拝できたことに、ありがとうございます。

「整えることは、未来の自分への贈り物」

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仕事帰りに買い物を済ませ、道端の祠で手を合わせ、家では作り置きをつくる。

一つひとつは特別なことではありませんが、こうした小さな積み重ねが、明日からの自分を助けてくれます。

冷蔵庫に作り置きがあるだけで、忙しい日でも慌てずに食事ができる。 食生活が整えば、心にも余裕が生まれます。

開運とは、特別なことを待つことではなく、毎日の暮らしを少しずつ整えていくことなのかもしれません。

今日も感謝しながら一日を終えられたことに、ありがとう。

見えないものと、見えるかたち。どちらも人生の両輪

私は最近、
「見えないイメージ」と「現れたかたち」は、
どちらも大切なのだと感じています。

頭の中にある思い、願い、祈り、テーマ、イメージ。
それらは目には見えません。
けれど、見えないからこそ、人生の土台になっているのだと思います。

そしてもう一方には、
掃除をすること、参拝すること、整えること、書くこと、作ること、行動すること。
そうした実践があり、はじめて見えないものが現実の中に形として表れてきます。

私はこれまで、模型や図、文章や写真など、
頭の中にあるイメージを何かの形にすることに心を惹かれてきました。
今思えば、それは昔から自分の中にあった素質なのかもしれません。

龍神さまを意識して暮らすことも、同じだと感じています。
見えない流れや氣を大切に思うだけでなく、
排水溝を掃除する、床を拭く、断捨離をする、神社に参拝する。
そうした小さな実践によって、自分なりの「かたち」にしているのです。

見えないイメージだけでも足りない。
行動や実践だけでも、どこか空回りする。
どちらが先、どちらが後というよりも、
どちらも大切な人生の両輪なのだと思います。

心の中で大切にしているものを、
日々の行動に少しずつ表していく。
その積み重ねが、自分らしい人生をつくっていくのだと感じています。